アメリカ横断紀行 14

1992年3月24日 ラスベガス-ロスアンゼルス

いよいよラストラン。大陸横断のゴールが迫る。ラスベガスを出発し、ロスアンゼルトまでの460キロ。I-15、I-10を走り継いでのライディングだ。
朝、最後のアクシデントが待っていた。今まで毎日手を焼かせてきたスズキGS550Eに加えて、ヤマハV-MAXのエンジンも回らないのだ。全くセルに元気がなく仕方なくドギー稲葉氏と押しがけ。一流ホテルの駐車場で高級車が並ぶ中を、大陸横断で泥まみれになったバイクを押す。
予定より少し遅れて9時出発。今日は、I-15にのり、オンタリオという街まで走り、そこでI-10にのりロスまで。右も左も草木の乏しい完全なデザート。砂漠の中にいると心も無になる。首が痛い。
途中、ゴールドラッシュ時に栄えて、今はゴーストタウンになっている「キャリコ」に寄る。良い雰囲気で昔が残る観光名所だ。土産や、カフェが並ぶ。名入りのポスターを作ってもらう。レジに並ぶおばさんにファッションを誉められる。
走行再開。ロスが近づき、急に交通量が増えてくる。太陽が出ているのだが、砂漠の春は風が猛烈に冷たい。凍えながらGSでひとやすみ。夕方にロス市内に入るが街中は渋滞。
ビバリーヒルズを通ると、映画「ダイハード」で使われた「ナカトミビル」があった。でも実際はそれほど大きいビルではなかった。
ロス市内に入ってからホテル着くまで2時間かかったしまった。
ハリウッドの住宅街の一角。18時、バイクを停める。左足を着いてマシンから手を放す。オーランドから始まったアメリカ横断の旅が終わった。
本当に長かったし、怖かった。住宅街には不思議とひと気がなかった。エンジンの音がやむと、余計に寂しい気持ちになった。
リトル・トーキョーに日本食を食べにいく。久しぶりの日本食。アメリカ大陸横断を共にした仲間と乾杯。ずっと食べたかった親子丼と海苔茶漬けを食べた。
そしてピストルを撃ちに行った。難しくてなかなか命中しなかった。これで次の日のことを考えずに熟睡できる。久々の熟睡だった。

アメリカンWEBトレンド

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