アメリカ横断紀行 13

1992年3月23日 フェニックス-ラスベガス

アメリカ大陸横断を経て、ファッションもアメリカンになってきた。「トニーラマ」で買ったブーツに昨日「Rawhide」で買ったカウボーイハット、メキシコで買った革のベルトには馬の絵が彫ってある。朝、スティービー・ワンダーみたいなオジサンに「ヘイ、カウボーイ!」と声をかけられてしまう始末だ。
8時に出発。今日、初めてンターステート以外の普通の一般道を走った。時々片側二車線になるが、ほとんど一車線の道。道も一直線ではなく、だいぶコーナーも多くなり、山あり谷ありの起伏の激しい道になってきた。景色は荒野のサボテン。アリゾナ・ナンバーのプレートにはサボテンが描かれているほどだ。
単調な景色を見ていると、ふと、冒険家のことが頭に浮かぶ。小学生の頃に読んだヨットマンの堀江謙一の「太平洋ひとりぼっち」。やはり最初に何かをする人って勇気があるなあ、とか思う。バイクのアメリカ大陸横断だって今まで何人が走ったのだろう、と思う。
昼食を摂る頃に雲行きが怪しくなってきた。遠くで雷鳴が聞こえる。そうしているうちに雨がボツリボツリ。「こりゃ、また来るぞ」と一言。「また」とはヒューストンでのバケツの雨のことだ。「今日は時間もあるしゆっくり行こうよ」と時速50キロぐらいで走り始める。しばらくすると、視界に飛び込んできたのは真っ白な路面。ヒョウが降った後で、路面に積もっているのだ。しかも、石のように大きなヒョウ。砂漠は晴れているときはいいが、一度天候が変わると手がつけられない。昼間でも風が急に冷たくなり凍えてしまうほどになる。雨も雨量がハンパではない。
今回の旅は雨にたたられた。「一年で5日しか、太陽が顔を出さない日はない。」というキーウェストで雨。ヒューストンでの豪雨。そしてアリゾナの砂漠で雨。そしてヒョウ。その土地、その土地で待ってましたとばかりに降られる。「ついてねぇな」と思いながらトロトロ走っていると、今度はポリスに止められる。「遅すぎる。後ろを見ろ」見ると、ダンゴ状態で車がつながっている。「OK、OK」と笑いながら応えると、更に「笑いごとじゃねーぞ」と怒られてしまう。
少しペースを上げて時速75キロぐらいで走っていると、今度は「天国」が見えてきた。晴れ間が見えてきて、空が急に明るくなり、見える景色も左に岩肌、右に平原、どこまでも一直線に伸びる道。「ラスベガスまで60マイル」の看板が見えると、気分が一変した。それでもバックミラー映る背後の空は真っ暗だったが。土砂降りの雨は、北海道の野付半島を走った時の大雨を思い出した。
フーバーダムにバイクを停めて眺める。ラスベガスの電気はここで発電される。子供達と一緒に写真とる。バージニアから来た家族はアメリカた大陸横断をしている我々に興味を持ち、別れ際に写真を撮ってくれた。
18時、ラスベガス着。今まで安モーテルばかりだったが、今日は奮発して一流の「フラミンゴ」。映画「バグジー」の主人公が建てたラスベガスで最も古いホテル。ホテルの中にも映画のポスターが貼ってあった。しかし、ヘルメット片手に汚れた革ジャン姿の我々は、一流ホテルの中で妙に浮いている。ジロジロと白い目で見られる。ホテルの中には大きなカジノがあり、派手で豪華だった。チェックインの身分証明が厳しくて時間がかかった。
自分にとってラスベガスとはボクシングのメッカ。子供の頃に夢中になって見ていたビックファイトの舞台となった土地だ。夜、メンバーたちはカジノに遊びに行ってしまったが、金がないのと疲れたので、土産物屋のおばさんと話しながら時間を過ごす。

アメリカンWEBトレンド

ラスベガス最古のホテル「フラミンゴ」。ホテル内の各ショップ、カジノ、娯楽の案内が詳細に掲載されており、当然ページも多いのだが、画面上部のインターフェイスが分かりやすく表示されており、迷子になる心配がまったくない。このようなナビゲーションの完成度もサイト評価の大切な基準のひとつである。
色彩的にもコンテンツ部分のクリーム色が温かい優しさを表現しており、画面最上部とメリハリのついた配色となっている。

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