アメリカ横断紀行 8

1992年3月18日 ニューオリンズ-ヒューストン

調に続いていたアメリカ横断の旅であるが、今日、相次いでアクシデントが起こった。
9時30分にタイヤ交換と修理をお願いしておいたバイクショップに行き、バイクを受け取った我々は、世界一長い橋・コーズウェイブリッジを戻り、小雨の中、ニューオリンズを後にしようとしていた。
I-10を走っていると、12時過ぎに、雨足が急に強くなった。すると4台のうちの1台がリアタイヤをブレーキングしたときにロックさせ転倒してしまったのだ。バックミラーから1台のバイクの姿を失ったのに気づくと、我々はすぐに道路右側の路肩に停車した。バイクは500メートルぐらい後方で横倒しになっているのが見える。交通量が多い大陸横断フリーウェイI-10をコンボイや大型車がおかまいなく走りすぎていく。すぐにコーディネイターの真瀬さんが一台のバイクにまたがり道路の路肩を逆走して転倒したバイクに駆け寄った。転倒したのは田畑さんらしい。我々の顔色は青ざめたまま。
やがて真瀬さんと田畑さんが戻ってきた。奇跡的だが、小指に少し怪我をしただけ。腰を打ったようだったが、腰に巻いていたウェストポーチと濡れた路面が幸いしたようだ。後続車もおらず、バイクも左ウィンカーとフォークが少し痛んだだけ。120キロでの走行での転倒を考えれば、まさに奇跡的だ。
だが、このアクシデントで我々はかなりナーバスになった。雨は降り続きスリッピーな路面。そして精神的な動揺と恐怖感からスロットルを開けることが出来ない。時速50マイル(75キロ)ぐらいでスローペースで走る。雨足は強まる一方。アメリカの大自然は容赦ない。そして、一瞬にして360度見渡せる空と大地は一面真っ暗に。18時、激しい雷とともに豪雨が我々を襲い掛かった。
まさにバケツの雨。1メートル先も見えない。もうダメだ。バイクを路肩に止めてキャラバンの中に逃げ込む。雷がすごい。暗い部屋にカメラのフラッシュが光るような稲妻。日本では見たこともないような眩しい稲妻だ。視界がいい土地なだけに、逆にすべての閃光が見えてしまって迫力があり、恐ろしい。
20時。今日はヒューストンまでの計画だったが断念し、早めにホテルに入ることにする。ヒューストンまで、わずか30マイルでの出来事だった。「モーテル6」という全米チェーンの安モーテルな入る。体力的にも精神的にも毎日つらかったが、今日一日で数日分のエネルギーを費やした感じがする。雨のライディングは神経を使う。スピードが出せないばかりか、ブレーキも使えない。周囲の大型車の大群を考えると、転倒したら最後、「死」は目前なのだ。
ここはイースト・ヒューストン。「ローン・スター(ひとつ星)」という異名を持つテキサス州に入った。GSでテキサス州旗をデザインしたバンダナを買う。2ドル。
テキサスは本当に広い。州の全長が800マイル。1300キロぐらいか。明日からテキサスを抜けるまでに4日間を要する予定だ。
人口全米第四の都市・ヒューストンは治安が悪い。スーパーのレジもホテルのフロントも防弾ガラスが張ってあり、昔の駅の精算所のようにお金はガラスの下から差し出す。
この街は人口の7割が黒人。全米の人口の6割が白人なのに、南部は黒人の割合が多いということだ。モーテルとなりのレストランで7ドルの大きなステーキを食べる。死んだように眠る。

アメリカンWEBトレンド

「NASA-ジョンソン宇宙センター」のサイト。アメリカと日本ののWEBデザインとの最大の違いが、「一枚グラフィック切り出し型」デザインと「パーツ整列型」デザインの違い。その通信環境のためにアメリカでは画面全体を一枚のグラフィックとしてレイアウト・制作し、それを適切なパーツとして切り出す。
日本では、画像面積を抑える発想が抜けきらず、部分的なパーツ制作の後に、それらを配置するプロセスが見られる。
断然「一枚グラフィック」型の方が一画面に占める画像面積が広く、より強いイメージ付与が可能だ。
このサイトのデザインにおいても大きな円形のグラフィックが用いられているのは、その象徴だ。
日本でも通信環境の向上に伴い、映像以外にも、こうしたグラフィックデザイン面での考え方・制作プロセスに工夫を望みたいものだ。

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