アメリカ横断紀行 6

1992年3月16日 タラハッセー-ニューオリンズ

7時起床。空はカラッと晴れ上がるが、結構肌寒い。革ジャンの中にウィンブレを着込む。
8時から毎朝恒例のGS550の押しがけ。今日は寒いせいかなかなかエンジンがかからない。
今日の目的地はニュー・オリンズ。出発してすぐに時間帯(TIME ZONE)を越える。アメリカには4つの時間帯があるが、その2つ目に入った訳だ。時計が1時間巻き戻り、ちょっと得した感じ。

今日もI-10の一本道をひた走る。時速110キロで走り続けても、見渡す限りの緑という風景は変わらず、ヘルメットの中で退屈する。景色が単調だから、そういった点では北海道の方が適度な変化があって楽しめる。
昼過ぎ、とうとう広い広いフロリダを抜けアラバマに入った。丸4日間、走り続けたフロリダにアメリカの広大さを実感し、またアラバマも相当広いのか・・・と思ったが、1時間ちょっとで「Welcome to Mississippi!」(ミシシッピ州へようこそ)の看板。3つ目の州へ突入した。
14時、昼食。ローストビーフとオレンジジュースで10ドル。まだ気分が悪いので食欲があまりない。
再び走り始めると、景色が良くなってきた。いくつかの橋を渡り、そこから見える川が澄んでいてきれいだ。左手には軍艦が見えたりした。
もうすぐミシシッピの河口、メキシコ湾だ。道路右側には車にひかれたアルマジロやたぬきが死んでいる。

ミシシッピ州を抜けて、5つ目の州・ルイジアナへ。I-10から一度、I-12に乗り換えて、ポンチャートレイン湖にかかる世界一長い橋・コウズウェイ・ブリッジを渡るとニューオリンズだ。橋を渡り始めるが、全長40キロで向こう岸のニューオリンズはまったく見えない。見渡す限りの湖、というより海のようだ。そこに見える波は小雨のパラつく中、結構荒れている。すると目の前に、黒っぽいニューオリンズのビル街がぼんやりと見えてきた。
時速90キロぐらいで走っても、渡り終わるのに40分かかってしまった。
やっとジャズ発祥の地・ニューオリンズに到着。フリーウェイ近くのモーテル「Shoney’s Inn」に入る。
夜はジャズ・ライブハウスが軒を連ねるバーボン・ストリートへ。南部名物料理・ケイジャンを食べに行く。辛口で知られるケイジャンだが、「ジャンバラヤ」「レッドビーンズ・アンド・ライス」を食べる。「レッドビーンズ・・・」の方は大したことはないのだが、本場の「ジャンバラヤ」は激辛で、メンバー全員が途中でスプーンを置いてしまった。
最も古いジャズハウス「プリザベーション・ホール」へ行く。建物はボロボロでうす暗く、入場料の3ドルを払って演奏を聞く。飲み物はなし。決して広くない店内は満員電車。演奏する側、聞く側が一体となって盛り上がっている。ちょっと格調高いジャズハウスだったな。
もう一軒入ったが、こちらは座って飲み物を飲みながら、ポピュラーなジャズを聞ける。自分はこちらの方が楽しめた。バーボンストリートは、キーウェストのメインストリートと違って年齢層も高く黒人が本当に多い。活気に満ちているのは同じだが、こちらのほうが治安が良く、24時過ぎまで街を歩いた。
順調に来ているので、明日はニューオリンズで一日滞在することになった。

アメリカンWEBトレンド

世界最古のジャズ・ホール「プリザベーション・ホール」のサイト。ここでは、ページのコンテンツ部分におけるテキストと写真の配置に着眼してみよう。
WEBは構造的に、「重箱型」に縦に各要素を重ねていく方法と、このサイトに見られるような段組をして、各段に素材を配置する考え方がある。
各写真も吟味されたものであることが分かるクオリティの高さだが、その見易さを意識した編集センスも素晴らしい。20ページ分のコンテンツがあるとすれば、それらを分類して体系化し、ラベリングするセンス、そして各ページにおけるレイアウト・配置におけるセンスと、WEBにも雑誌的な編集センスが応用できる場面が非常に多い。

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