アメリカ横断紀行 1

1992年3月11日 成田-シアトル-ミネアポリス-オーランド

日本出発17時、成田発シアトル行ノースウェスト8便。作ったばかりのパスポートを手に、22才の自分はアメリカに向かって飛び立った。
アメリカ大陸をバイクで横断する旅。旅の理由をよく聞かれた。幼少時から野球やボクシングなど海の向こうのスポーツ・ヒーローに憧れ、アメリカの映画・音楽に触れてきた。大学4年間は英米文化・文学を専門にしてアメリカ文学の作家の生き方を教室の最前列で聞き、夕方はアメリカのビッグマッチのポスターが壁に貼られたボクシングジムに通う。そんな自分にとりある種の必然性を持った旅だった。
それまで北海道を毎年バイクで走っていたが、きっとアメリカは自分に今まで感じたことのない何かを与えてくれる。そのような勝手な確信を持って、1年間、家電量販店でバイトをして旅の資金80万円を貯め、旅の仲間を募りサポートスタッフを手配し、やっとこの日を迎えた。

機内では何やら中国語の字幕で映画をやっているが、興奮のためになかなか寝つけない。色々な思いが頭をめぐり、熟睡できないままうとうとする
ガラガラの機内で、三人分の席を陣取って横になっていると、機内アナウンスが聞こえてきた。「濃霧のためシアトル上空を旋回して1時間遅れで着陸します」窓から地上を見下ろすと、雪に覆われた山脈が見えた。
現地時間で朝8時。いよいよアメリカの地に降り立った。旅のスタート地点・オーランドまでは、更にミネアポリスを経由して乗り継がなくては ならない。格安航空券の哀しさだが仕方がない。入国審査を済ませ、朝食。11時にシアトルを発ち、 4時間かけて五大湖に面したミネソタ・ミネアポリスに着く。
>時差が更に2時間あったので到着は17時。窓の外は雪。ここは北緯45度だと聞いて納得する。ここから今日の目的地オーランドに向けて、ノースウエスト588便に乗る予定なのだが、尾翼の故障で出発が遅れ、21時にやっと出発。
マイアミ着は夜中の1時だった。今回の旅をサポートしてくれる真瀬氏がオーランドで我々を迎えてくれた。 クタクタになった身体を引きずり、真瀬氏の運転するバンの中に倒れ込む。郊外のモーテルへ行く途中、でっかい星条旗が見え、アメリカを実感する。
今日の宿「The Comfort Inn at Key’s End」に着き、ベッドに倒れ込み死んだように眠る。

アメリカンWEBトレンド

海外サイト(特にアメリカ)のWEBデザインが第一印象として『カッコいいー!』と感じることがあると思います。でも、なぜカッコいいのかと尋ねられても『アルファベットが溢れているから』という理由以外に深く考えなかったりしていませんか?なぜアメリカンWEBデザインは『カッコいい』のかを、出来るだけ論理的な見方で私なりに分析していきます。

最初の題材は「ノースウェスト航空」。まず、横幅700pixのレイアウト、画面上部のメニューなどのインターフェイスデザインがサイト全体で一貫している。当たり前だが、まずはそれを一点目に挙げたい。 おそらくデザインワークの根底にVI(ビジュアル・アイデンティティー)の考え方がしっかりと確立されていて、企業イメージの赤とインターフェイス部分の紺が効果的に使われているのだろう。良いWEBデザインはこのようにレイアウトも含めて基本重視の上に成り立っている場合が多い。 素材となる写真選定がもっと大胆でも良い気がするが、おそらく顧客意向により、インパクトよりも上品さを優先させたのだろう。

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