| 近況報告も兼ねて今までに名刺交換した方全員に主催イベントのチラシを郵送した。 過去8年分の名刺ホルダーをめくると実に多彩な顔ぶれが並んでいることに気づく。
その中に思い出深い1枚の名刺を見つけた。
1962年にジョン・F・ケネディが大統領に就任してすぐに言った言葉に「すべての障害者を納税者にしたい。」という言葉があったそうだ。しかし、40年の時が流れても、今の日本でなかなかこうしたことを声を大にして言える人は少ない。
「チャレンジド(アメリカでは障害者をそう呼ぶ)を納税者に出来る日本に。」そう唱えるひとりのパワフルな女性が神戸にいる。プロップ・ステーションの竹中ナミさん。「ナミねぇ」の愛称で親しまれている新しい障害者福祉の提唱者だ。
1997年、竹中さんが当時私が勤務していた障害者福祉施設に訪れた。当時、私はその施設で、「税金に頼らずに」障害者が従事するビジネス企画を担当しており、「障害者が教える一般市民向けパソコンスクール」のビジネスをスタートさせたばかりであった。
信念を持ち理想を形にするふたりに、あまり多くの言葉は必要なかった。竹中さんは微笑んで「頑張ってね。」と一言だけ言ってくれた。どんなお偉いさんや施設の幹部に言われるよりも、何よりの励ましになる言葉だった。言葉の裏付けになるその人の人生のバックボーンがあったからだ。
私の理想だった「障害者が実力で大手企業を超えるビジネスを展開する。」という夢は少しずつ実現した。私が2人の障害者とともに展開したパソコンスクールが人気を博し、業界に影響を与えるまでになった。最終的に我々のスクールは年間1500万円の売上を上げた。
次に立ち上げたWEB企画制作のビジネスでは、障害者スタッフの力量が評価され、障害者技能五輪で日本一に。日本代表としてプラハで開催された世界大会にも出場した。(彼は皇居に招かれ、雅子さまから激励のお言葉を頂いたそうな。お土産で貰ったチェコ・グラスは大切に使わせてもらっている。)
2001年に私がアームズ・エディションを立ち上げ「中小企業ネット有効活用のためのWEB企画制作」のビジネスをスタートさせたときも、「金なし、コネなし、仕事なし」の極貧状態。
不思議と辛いと思わなかった。なぜなら、理想の実現のためには、すべてが整ったスタートラインなどありえないからだ。
「すがやん」が心の中の師として常に尊敬する人物・竹中さんは元不良少女。ゼロ以下の場所からのスタートで一歩ずつ夢を形にしている。竹中さんから教わったベンチャー魂でアームズは今日も理想という名の階段を一歩ずつ登っている。
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